ステータス
| 名前 | リッキー・スティームボート |
|---|---|
| 身長 | 178cm |
| 体重 | 107kg |
| 出身地 | ハワイ州ホノルル |
| キャリア・ハイライト | NWA世界ヘビー級王座、WWEインターコンチネンタル王座、WCW US王座、WCW世界タッグチーム王座 |
| WWEデビュー | 1985年 |
バイオグラフィー
これまで四角いリングに足を踏み入れたことがあるレスラーの中で、間違いなく屈指の才能を持った人物だ。 リング内で見せる技、ファンからの人気、そしてリング・パフォーマーとしての信頼度という観点から見た場合、 スティームボートに比肩する人物は数少ない。そして、この特性こそが、2009年にリッキー"ザ・ドラゴン"スティームボートを WWEホール・オブ・フェイムへと導いたのだ。
1976年にAWAでデビューしたスティームボートは、フロリダやジョージアで戦い、 その技術に磨きを掛けた。だが、その翌年にミッド・アトランティック地域に足を伸ばしたハワイアンは、 かなりの注目を集めるようになる。リングを離れると穏やかで物腰が柔らかい人物だが、いったん戦いが始まると、 無類のオーラとエネルギーを発揮し、ファンの心をわしづかみにするのだった。
ミッド・アトランティック地域で8年近く戦った間、ジェイ・ヤングブラッドとダイナミックかつ息のあったタッグを組むと、 タッグチーム戦線でも確かな成功を手に入れた。シングル戦線では、"ネイチャーボーイ"リック・フレアーと歴史に残る抗争を繰り広げ、 スティームボートはネイチャーボーイからNWA世界王座をダッシュ。この忘れがたいライバル関係は1989年にWWEで再燃することになる。
長年にわたり、スティームボートとフレアーの対戦は、史上最高の対決の1つに数えられ、ネイチャーボーイですら、 最高の敵の1人としてスティームボートを高く評価している。ニューヨークタイムス紙のベストセラーに選出された自伝「To Be The Man」の 中で、フレアーは「カリスマ性、働く量、強烈さ、レスリング界でも屈指の体・・・スティームボートはすべてを持ち合わせていた。 とにかく驚くべき人物だった」と記している。
1985年にWWE入りを果たすと、"ザ・ドラゴン"として親しまれるキャラクターを確立。マグニフィセント・ドン・ムラコ、 ジェイク・ロバーツらと有名な対戦を繰り広げ、すぐにWWEファンからの羨望を集めた。だが、WWEファンの記憶に残っているのは、 1987年レッスルマニア3で行われた世紀の一戦だろう。会場を埋め尽くす93000人のファンの前で"マッチョマン"ランディ・サベージを倒し、 インターコンチネンタル王座を獲得したのだ。2人の素晴らしい戦士は試合開始と同時に歴史に燦然と輝く戦いを展開したが、 最後にはスティームボートが勝利を手にした。
そして現在、"ザ・ドラゴン"は膨大な知識と機転、現役時代に培った心理学を使い、WWEのプロデューサーとして現役スーパースターたちを 盛り立てている。今回のWWEホール・オブ・フェイム入りは、リッキー・スティームボートがレスリング界で最も愛され尊敬された人物である と証明することになる。






